正念場の認知症研究、新薬不発 発症前治療に転換

2017/7/17 0:30日本経済新聞 電子版

アルツハイマー病に代表される認知症の治療研究に、大きな難題が突きつけられている。原因物質を取り除く新薬候補はいずれも患者で効き目が表れず、相次ぎ不発。発症前から治す必要があると発想を転換する動きが出始めた。国内では認知症を患う人が2025年に約700万人と12年の462万人から急増するとの見通しがある。研究は正念場を迎えている。

 米製薬大手メルクは2月、認知症の6~7割を占めるアルツハイマー病治療薬の一部開発を中止すると発表した。「肯定的な結果が得られる可能性はほぼ無い」との評価を受けた決定だった。

 16年11月にも米製薬大手イーライ・リリーが臨床試験(治験)を断念していた。同社の以前の治験では軽症患者で症状の改善をうかがわせる結果が出ていたが、最終段階で十分な効果を示せなかった。大手の相次ぐ開発断念で、研究戦略の見直しが迫られている。

 アルツハイマー病は「アミロイドベータ」「タウ」という2つの原因物質が発症に関係するという説が有力だ。発症の10~20年前からアミロイドベータがたまり始め、次にタウがたまると脳の神経細胞が死滅し、記憶障害や認知機能の低下などが表れるとされる。

 開発を中止した2つの新薬候補は、いずれもアミロイドベータを取り除く戦略だった。市販の治療薬は認知機能の低下をやわらげても認知症は治せない。新薬への期待が高かっただけに、失望が広がった。原因物質を無くせば病気の進行を阻めるとの考えには依然こだわりをみせる。

 アルツハイマー病は1906年、ドイツのアロイス・アルツハイマー博士が初めて報告した。大手製薬会社がこぞって治療薬の開発に参入したが、ことごとく失敗してきた。ここ100年で医学が進歩して感染症などが治るようになり、アルツハイマー病克服の難しさだけが際立つ。寿命が延びた一方で人類は新たな課題に直面している。

 治療薬の開発がなぜこれほどまでに難しいのか。脳は生きている状態では調べにくい。画像診断技術の発達で少しずつ原因物質がみえてきたが、詳しい振る舞いはわからない。物忘れなど老化現象と見誤り、診断も容易ではない。

 手探り状態で頼りにしてきたのがアミロイドベータを原因物質とする仮説。新薬開発の失敗が続いても、そう簡単には捨てきれない。

 国立長寿医療研究センターの柳沢勝彦研究所長は「薬を投与する時期が遅いのが失敗の一因だ」と推測する。

 これまでの治療薬は認知症になった人を対象にしてきた。認知症を発症した段階で、すでに神経細胞が壊れている。ひとたび壊れ始めると食い止めるのは難しく「進行を完全に抑えることはできない」(日本イーライリリーの中村智実臨床開発医師)という見方だ。

 米国立衛生研究所(NIH)やイーライ・リリー、米ハーバード大学などは、認知機能が正常な時からアミロイドベータを取り除く臨床研究にかじをきった。14年から始めた「A4」研究だ。日本からは東大が加わる。

 脳内にアミロイドベータがあっても、認知機能は衰えていない人で試す。発症が遅れるかを調べている。

 無症状であってもアミロイドベータが見つかったら病気とみなすのは、ヤンセンファーマも同じだ。早いうちに治療しないと効果が出にくいという考えから、塩野義製薬が見つけた成分を用い、16年から産学協同の治験を始めた。

 ただ、効果が確認できて予防となると、多くの高齢者が対象になる。「膨大な人数になり、医療費の観点から実用化は現実的ではない」との指摘は多く、新たな難題が立ちはだかる。

 一方で別の原因物質を探る動きもある。英アバディーン大学のクロード・ウィシク教授は「従来のアミロイドベータに対する薬剤の効果は小さい。症状にかかわる別の物質のタウに対する治療が必要だ」と強調する。

 これとは別に、脳にある免疫細胞「ミクログリア」の暴走が原因との説も取り沙汰され始めた。発症の原因を巡り、学説さえも定まっていない実情が治療の難しさを物語っている。